ふぅ。
因果応報と言う熟語を2018年に購入した広辞苑で調べてみた。
「過去における善悪の業に応じて現在のおける幸不幸の果報が生じ、現在の業に応じて未来の果報が生ずること。」
まぁ、現代風に解釈すると、いい行いをするといい事があり、反対に悪い行いをすると悪い事になりますって感じ。
元々は仏教用語から来ているらしく、偶然にも同僚に仏教を信ずる人もいるので、色々と勉強になります。
正直いうと、今やネットやAIの時代なんで、検索するば一番正確かつ最速で出力される熟語だと思うが、僕のように「買った本で調べる」という拘りをもつと、ハイテクの恩恵を感じませんな…( ノД`)シクシク…
でも、その拘りのおかげで読書癖があるので、土日暇人の僕にはちょうどいいかな。('ω')ノ
さて、因果応報が最も顕著な例は対人関係だと思っております。その人に対する言動や態度が、良くも悪くも自分に跳ね返ってくる。「この人はこうだろう」とか、その人の本質を捉えないと、修正不可能なくらい取り返しのつかないことにもなる。先日のブログにも書いたけど、うるま市の「あおぞらマーケット」に参加したときに、「お久しぶりです。この前の大庭学園での合格体験記のお話をありがとうございました!」と急に女性に話しかけられました。
詳細は割愛するんだけど、偶然にも彼女は僕の会社の上長と親戚らしく、「パソコンについて聞きたいので、また連絡させてください」ということでした。
ふぅ。
4月に大庭学園で新しい入学生の前で、合格体験記を講話したが、一人ひとりに親しみを持てるように丁寧に話しました。結果的にそれが相手の印象に残ったのかなと思いましたし、気を使ってとっても疲れたけど手を抜かずにちゃんとやれてよかったと思いました。
福祉の世界は、非常にせまく、まさか職場から遠く離れたうるま市でもこのような出逢いがあるとは思わなかった。と、同時に常日頃から「見られている」ということを強く意識しました。
僕はそのように考えて以来は、相手がヤクザでもホームレスでも、先入観は持たずに丁寧な対応を心掛けております。それはやっぱりソーシャルワーカーとしても自負、誇りのようなものですし、自分が理想とするワーカーを体現するためには常日頃からの意識の徹底だろうと思っております。
社会や組織というのは色々な人間の集まりですし、合う人や合わない人もいるけど、協力してやっていかないといけない。それは相手を変えようとするのではなく、受け入れることで成り立つと思いました。
「この人のこの部分が直ればいいのにっ!(怒)」って思ったことは、皆さんも何万回もあるんじゃないですかね???(笑)
基本的に人を変えるのは無理なので、それを許容できるように自分を変えましょう~♪♪ってことでしょうな。
中々難しいことではありますが、訓練するば出来るようになりそうです♪
ふぅ。
若い時は虚勢や見栄を張ることもあったけど、 30代を超えてそれをすると、何も言わずに人がサッと離れていく。そう思うと色々とウチアタイすることもあるけど、それも一つの大事な経験として捉えています( ˘•ω•˘ )
そうそう、話変わるけど、大庭学園の学部内用にパンフレットに僕が掲載れました(笑)
社会福祉士と精神保健福祉士の二刀流ですよ~( ˘•ω•˘ )
ますます、ヘンな事できないなぁ~と思いました!!!